今日の報道は、どこのメディアも一様に「阪神・淡路大震災から14年が経ち、事実が風化してしまうことへの懸念、そしてご遺族の傷は何年たとうが癒えることはない」という内容で、彼らが好むオナミダ頂戴主義な報道である。それ自体問題はないけど、しかしそれだけでいいのか?
マスメディアはそろそろ緊急時の災害報道について、きちんとした方向性を決めるべきではないだろうか?
多くの人命にかかわることだからこそ、社会的影響の大きいマスメディアは報道に協定を設けるべきだと思うのだ。
誘拐事件では人質の生命が最優先され、報道協定が敷かれることがある。この際はほとんどの場合、警察側が「報道をしない」ことを要請する。
緊急時の災害報道も同様。被災者に最大限の配慮を行い、救助に最善を尽くせるような体制を取ることが、マスメディアの役割ではないだろうか。
たとえば「現場取材は各社1名のみ」「ヘリは一機のみ」「記録映像は各局に公平に配布する」などだ。
識者の間では、阪神・淡路大震災から、地震の活動期に入ったと言われる。毎年一度か二度は、震度5や6クラスの地震があちらこちらで起きている。自然災害のたびにマスメディアの暴走には目に余るものを感じるのは、私だけだろうか?
被災者の数は、どこの局が最新か?など競って何の意味がある?
被災場所に行き、競い合うように、ショックを受けた被災者にマイクを向ける意味がどこにある?
ヘリを飛ばして大きな音を轟かせ、生存者の小さな鼓動を掻き消し救助作業を妨害し何の意味がある?
少なくとも最近の自然災害の報道を見る限りでは、全く学習していないとしか思えないのである。
2009年01月18日
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「阪神・淡路大震災」で検索してたどり着きました
14年は早いのか遅いのか?
被災地から少し離れたところで体験しました。
ニュースを見ていてもう14年も経ったのか。
日本に住んでいる以上
地震は避けられないものですからその対応を
最大限しておかなければなりませんね。
マスコミに関する意見は大変賛同できるものでした。
伝える事は大切かもしれませんが
彼らにはもっと他にも出来ることがありそうですね。
たいしたブログではありませんが
わたしのブログでもこの記事を紹介させて下さいね
他の記事も拝見しましたが内容が充実していて
読みやすい文章に関心してしまいました。
ブログにご訪問いただき有難うございます。
トラバしていただき、お礼を申します。
時々お邪魔いたします。
よろしくお願いします。
コメント頂きありがとうございます。
いつも自分の言葉で伝えているブロガーさんに、トラバさせて頂きました。
今後ともよろしくお願いします
トラックバックしていただき、本当に有難うございます。パソコンの調子が悪く、コメントが遅れ、申し訳ありませんでした。
震災当時…あの状況の中、ボランティアで現地に赴かれたこと、尊敬します。同じ京都に居たのに、私はおどおどするしかなく、現地に行く勇気がありませんでした。
親戚が兵庫県伊丹市におり、ライフラインが断絶し従兄弟と同じ年の子どもがタンスの下敷きになって亡くなったことも聞いていました。とりあえずバイクで親戚の家に生活物資を届けたけど…それしか出来ませんでした。
14年経って、久し振りに生々しい震災後の状況を伺い、やはり忘れてはいけない…と改めて思いました。伝え続けること。忘れてはいけないと。
またお邪魔します。
どうぞ、よろしくお願いします。