2009年01月17日

阪神・淡路大震災 あの時から14年が経った(2)

武道館はご遺族の方が絶えまなくお見えになり、2〜3日は武道館のどこかで泣き声が途絶えることはなかった。

しかし、悲しみという感情は一切なかった。あえていうなら、感情の存在しない状態。不思議なものだ。感情の扉を閉めたからこそ、粛々と任務に従事できるのだ。

棺桶のフタがきちんと閉まらないものがあった。何故閉まらないかは想像にお任せしたい。

そんな私であったが、持って手が震えるような思いをしたことがある。その棺桶は、とても軽かったのだ。つまり、子供の遺体。

3日目くらいになると、遺体も10体ほどとなった。支援物資が次々と届くようになった。どうやらこの体育館のことが、テレビで大々的に報道されたらしい。
それらを管理する部門が必要となった。
自然と私がその場を仕切るようになり、ボランティアの受付を行うようになった。

それにしても、あらためて体育館の周囲を見渡すと、ひどい状況である。この進んだ社会でありえない風景であった。あらゆる木造家屋は倒壊していた。かろうじて立っている家屋も、安全でないことはわかる。この風景は私は一生、忘れることはできないだろう。危ないのは、折れてむき出しの柱、限りなく散乱する割れた瓦、ガラス片。自分が怪我をするわけにはいかない。
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posted by 苦労する大場 at 23:32 | Comment(0) | TrackBack(0) | マスコミの役割ってなんなんだ?
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